身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

芸術の社会的貢献について、聞かれてみた

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


9月に入り2学期を迎えると学生さんたちは間もなく中間テストを迎えられるそうですね。

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そんな中間試験2週間前の中学生女子から「芸術の社会的貢献って、何だと思いますか?」と鍼の施術の最中に唐突に尋ねられてしまいました。

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ぼくは内心「おいおい、おカラダ診ている最中にそんなアタマをひねらせるようなことをたずねてしまうのかい」とも思ったのですが、向学心あふれる中間試験を控える中学生女子の思いに寄り添わせていただくことにしました。

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ぼく:「そうですねぇ、芸術って平和であるから作り出せるものでしょうし、また平和を作り出せるものではないでしょうか」とお返事。


「芸術」がどんなものであるかの前に、ぼくが注目したのは芸術の恩恵を受ける「社会」がどんなものなのか、ということ。

たずねてくださったのが中学生女子ということもあり、身近な社会である家族や友人関係を前提にお話ししたらよいかなぁ、という前提を設けました。

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「芸術」とは忙しい日常生活のスキマでつむぎだされるものじゃないかなぁ。

「余暇」を作りだすことで「芸術」を表現する機会設けることができるし、忙しい時間から離れるために「芸術」活動に対する意欲がわいてくるのかも。

ずっと「ヒマ」なひとでも「芸術」活動に対する意欲がわく機会や動機を持つことはできると思うけど、きっとそんなクリエイティブな時間に没頭している間は、争い事なんかおこす気持ちや時間はないんじゃないかな。

・子どものお絵描き

・授業中のノートの落書き

・家事の最中の鼻歌

ちょっとした遊び心が生まれるときって、ココロにゆとりや平安を持っているときなんじゃないかな。

そんな遊び心の延長に「本気」が加わると自分だけじゃなく人も巻き込む平和な時間「芸術を楽しむ時間」がおとずれるんじゃないですかねぇ。

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日常に平和なゆとりの時間がなければ「芸術」に打ち込んだり取り組んだりする時間は持てません。

争い事やいがみ合いの最中に、はたして「芸術」を作り出せるでしょうか。

あるいは「芸術」作品・表現を楽しみ味わうことができるでしょうか。

文章や絵画、音楽や演劇などの表現は、作りだす人も鑑賞する人も、「芸術」に親しむ間だけは「平和」が伴うんじゃないかな。

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また「芸術性」の高い作品はより大勢の人を巻き込んで人のココロを動かし満たし豊かにする作用が一層強くなるんじゃないですかね。

そうなると、家族や友人ばかりでなく、もっとたくさんの人たちと「芸術」を通して「平和・平安」な時間と場所を共有できるんじゃないかな。


そんな「芸術」はひとびとを魅了して、同じような「芸術」に共感を持って取り組み作りだす人たちと、それを賞賛・応援する人たちが増えていくことで、いつしか「文化」っていう自分たちのココロや生活に根付いたものにまで広がっていくんじゃないですかねぇ。

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「芸術」や「文化」を大切にする人たちの輪が広がってさえいれば、平和な世の中を続けていくことができる一助にはなるのではないでしょうか。


とまぁ、こんな風な流れで、ご質問いただいた中学生女子に鍼の施術の最中にもかかわらず、お話をさせていただきました。


中学生女子:「じゃ、それで社会の宿題の作文、書いておきます」

ココロの中のぼく:「おいおい、宿題のネタを聴きだされていたのかね??」


カラダばかりでなくココロのわだかまりをとり除くのは、鍼の施術の役目です。

宿題が気になって気になってしょうがない中学生女子の「ココロのわだかまり」が、これでとり除かれるのなら鍼の施術の役目は果たせた、のかな?

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