身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

おいしいって

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


インドア派のぼくは、基本「おうちごはん」です。

それでも、外出先やそもそも外食を目的にお出かけすることもあります。

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出先での外食はちょっとでも美味しいものがいいなぁと、その時の気分にかなった店舗を、ネット上に投稿されている評価などを参考にしながら「評判のお店」からさがします。

そして、期待して「評判のお店」に出向いてみて、おススメのものを注文して食べて見ると「?」と感じることがあります。

いやいや、ほぼほぼ「???」なお味。



わが家のご近所に「おいしい」と評判の行列のできるラーメン屋さんがあります。
知り合いや、それこそタクシーの運転手さんまで、話題にするラーメン屋さん。

そんなたくさんの人が話題にするくらい評判の味ならば一度はいってみようと決意してお邪魔しました。
結論、一度くらいで充分かな、と納得してすませてしまいました。

 

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【他人の「おいしい」は自分の「おいしい」とは違う】


おいしいって、なんなんでしょう。
ちょっと考えて見ると、3つの「おいしい」があるのかなぁと思いつきます。

・ココロでおいしい

・カラダでおいしい

・気分でおいしい


「ココロでおいしい」というと、思い出の味に出合っておいしく感じるとか、懐かしい味に似ていてなじんだ味をおいしいと感じるなど、過去の良き記憶を味わうおいしさなのかと。
・思い出のみそ汁
・思い出の献立
・昔からの大好物
・ずっと好きで食べ慣れている料理
などなど。

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「カラダでおいしい」というと、東洋医学的に考えても、生き物にとってその時・その場で必要に感じる味覚を得るときに感じるおいしさかと。

暑くて汗をかいているときに食べるスイカは、とてもおいしいですが、寒い日に食べるスイカはちょっといただけません。
また、冬場の鍋はカラダもココロも温まりますが、夏場の炎天下での鍋はちょっと考えられません。
空腹時のごちそうはありがたいですが、満腹時のごちそうは地獄です。
こんなふうに時と場合でカラダが求める味は異なります。

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「気分でおいしい」というと、宴席や友人や家族との会食などと一緒に過ごす楽しい雰囲気の時に感じるおいしさかと。
会話や雰囲気をよくするために、ちょっと贅沢にお皿を並べてお膳に彩りをそえたり、お酒やジュースを酌み交わしたり、スパイスの効いたものや香りの強いものなどで、気持ちの興奮をあおります。
気分でおいしく感じるためには、味だけでなくいろいろな演出がともないます。

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ということで、ぼくが外食に求める「カラダにおいしい」というのはピンポイントで求めようとすると、当然のように出会えるわけがありません。

忙しく世間で活躍されている社会人の皆さまと、まったく別世界でのんきに過ごしているぼくでは、カラダの使い方が全く違いますから、ぼくのコンディションにかなった食事を提供してくれるお店は、よっぽど変ったところか、人気のないお店になっちゃうんじゃないかな。

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そんなわけで、外食には「外食のおいしい」があるのだと、今日は納得してみました。

そして、カラダにおいしい食事は自宅でコンディションを確認しながら、なじみの食材をなじみの調味料で慣れた献立で、がよいのかと。

 

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追伸:数日前、普段食べ慣れない牛肉をたべました。
慣れていないというのはこまったもので、胃に収めた牛肉をカラダがどうやってこなしたらよいのか四苦八苦していたようです。

結局、翌日はハーブを中心にとってもとっても軽めの食事で済ませて、本来のカラダをとりもどしました。

冒険できないぼくの胃袋。

それでも、人間の適応力ってすごいもので、食べ慣れるとぼくののんきな胃袋でも、きっと牛肉をいとも簡単に食べこなせるようになるのかと思っています。
そんな機会、ないと思うけど。

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