身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

素直なカラダと、複雑なココロ

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


夜中からパラパラ降る雨の気配で家中の窓を閉め、朝からエアコンをつけて過ごした今日一日でした。

窓を閉め切っていたので、日中雨の音はあまり気にならなかったのですが、鍼の施術を受けに訪れる人から「現在の雨降り状況」を聴くたびに外の様子をみれば、午前中は本格的な雨ふりが続いていました。

ぼくが午後3時くらいに外出する時、ちょうど雨があがって傘がなくてもお出かけできたのですが、ムワッとする蒸し暑さで道中息苦しさをを感じました。



日頃、鍼の施術を通して、ご縁のある人たちのおカラダの不調と向き合わせていただいています。

鍼灸師が施術をする時、カラダがどうやって治っていきたいか、どうやって症状をおさめたいか、というカラダからのメッセージを聴きながら手を当てていきます。

人のカラダは素直です。

きっと動物すべてがそうなのでしょうが、いかに良く生きるかということを、つねに目指しているのだと感じます。



先日、お亡くなりになる数日前におカラダを拝見させていただいた方も「いかに良く生きるか」ということを、カラダが目指しておられました。

スッキリ生きることができていると、命の火が消える時、潔さを感じます。

過食や不安をかかえているおカラダは、抱え込んでいるものを手放す作業をするためなのか、息を引き取られる前まで息苦しさがあるようです。



ぼくの少ない体験であり、最期を迎えられる方々と向き合わせていただいたときに感じたことでしかないのですが、人のカラダは「よく生きる・生ききる」ということといつも素直に向き合っています。

この「生きる」というカラダに備わっている方向性にしたがって、ぼくは鍼を当てるツボを選んでいきます。

どのようにアプローチするか、鍼灸師さんによって様々なのでしょうが、結果はいっしょです。

どうやってもひとは「ちゃんと生きる」という結論を導き出してくれます。



この「ちゃんと生きる」を信じることで、ぼくは安心して患者さんに鍼を当てていくことができます。

人のカラダは、とっても素直です。

 

うってかわって「ひとのココロ」はというと、ちょっと厄介。

「スッキリ生きる」というシンプルな意思を持ち続けることができたら、どんなに人生や世の中が楽だろうと思ってしまいます。



感情のエネルギーの浮き沈みで、イライラしたり落ち込んだり。

過去や未来に思考が飛んでしまうと、不安や心配に悩んでしまったり。



論理的にアドバイスしたところで、それで「スッキリ生きる」ことができるかといえば、安心もあまり長続きすることができず。

気楽に生きるって、案外難しいですね。



野生の動物のように、今日食べられるか、今日生きていられるか、という明確な不安を持ち続ける生き物は、複雑な悩みをかかえこんでいられないから、ココロや意思の「スッキリ生きる」という目安はシンプルに持つことができそうです。

現代人の持ち続ける不安は「とても複雑」です。

複雑で多方面から押し寄せる不安の波にさらされるひとのココロは、つねにゆらぎを持ち続けることで、じつは安定しようとしているのかな。



あっちに傾き、こっちに傾くことで、ひとつの不安に押しつぶされないように身をひるがえしながら「生きて」いるのかもしれません。



鍼の施術を受けに来られる方で、いつもおなじ不安の悩み相談をされる方がいらっしゃいます。

ぼくはいつもご相談ごとに耳を傾けて、ふんふんとうなづくばかり。

解決するのがご相談の目的ではなく、「こっちに傾いた」から鍼の施術がてら、おしゃべりにいらしたのかな、と。



ひとのココロって、まわりのひとたちと「寄りかかり合いながら」生きていくことができると、うまくバランスがとれていいのかもしれません。

煩わしい時もあるかもしれませんが、ぼくは「ココロがこっちに傾いた」ひとには、寄り添える鍼灸師でいたいと、常々思っています。

そう、「鍼灸師」として。

鍼灸師さんじゃないときは、きっとぼくもココロがあっちこっち傾いて、まわりのひとに寄り添わせてもらわないとですね。

さてさて、安心して寄り添えるひととのお付き合い、大事にしないといけないですね。

まずは我が身を振り返り。

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