身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

人任せと自分任せ、やっぱり家事はシェアしとこ

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


今日は東京も猛暑日の予報が出ていていて、すでに日差しは殺人的な強さを呈しています。

祝日のお買い物に出かけるのをちゅうちょするくらいの暑さ。

さてさて、今日はどうやって過ごそうかと。



ぼくは鍼灸師の資格を取る前に、カイロプラクティックのお仕事をしていました。

当時勤めていたお仕事場では、二十歳そこそこの若造だったし、無謀で自分勝手な性質が強い時期でもあったのか、チームワークというものを全く無視していました。

自分のできそうなことは、ほかのひとたちに任せることなく仕事を自分勝手に進めてしまっていました。

当然、周りのスタッフの人たちからは、白い目で見られて過ごしていました。

「仕事がサッサと進むならいいじゃん」と反省することもなく、出来そうな仕事は自分でどんどん背負い込んで、勝手気ままにお仕事をしていました。


 

あるとき、仕事がかさなってぼくひとりではやりきれない時がありました。

そんなとき、周りに手を貸してくれる人は誰もいませんでした。

 

ぼくひとりでハツカネズミのように走り回って充実感を覚えるような仕事のやり方では、結局無理になっていました。

ひとつの仕事をひとりでやるより、復数人で分けてやった方が、有事への備えになります。

そもそもぼくがいなくてもまわっていたお仕事場ですから、ぼくひとりで頑張る必要などどこにもなかったわけです。

身勝手に自分勝手にぼくの「やりがい」を、子供じみた「独り占め根性」で仕事を独占しようとしていたことが、結局迷惑行為だったとしった体験でした。

 

当時のお仕事場は、とても忙しく厳しい職場でした。

ぼくがお世話になり始めて1年後には、先輩たちはみんないなくなりました。

居残っているぼくには、責任のある仕事を割り当てられるようになり、後輩のスタッフさん達に助けてもらう必要がすぐに出てきました。

 

このときの仕事を分担する、ぼくにしかできないことも、少しずつ他の人と分け合って出来る人を増やす、という取り組み方は、結婚して家族を持った今現在のぼくにとって、とてもプラスになっています。

 

夫婦共働きのぼくの家庭は、体力のある僕の家事の割り当てが結婚当初から多いです。

終わりのない家事ですし、二人の娘が幼い頃の育児も待ったなしだったし、突然の仕事もひんぱんに発生します(おむつやミルク、あやしたり寝かしつけたり)。

 

娘たちが3歳になるころ、そろそろ家族で協力し合うことを覚えてもらおうと、彼女たちにも家事のシェアをお願いし始めました。

・洗濯ものではタオルや靴下など、簡単にたためるものはお願いする。

・配膳もお箸はそれぞれの席にならべてもらう。

・食器洗いも、自分の食器は下げてもらったり、洗い終わったものを定位置にしまってもらう、などなど。

 

家事を娘たちにお願いすると、やりがいを持って取り組んでくれることに気がつきます。

なるほど、ひとって頼られることが人生の充実感を持つことができる大切な経験なんだなぁと、このとき気がついちゃいました。

 

ぼくの家族の場合、鍼の施術はぼくにしか出来ませんが、家事はみんなでシェアしたほうが、人生の有意義な時間を持つことができます。

家族だから甘え合ったりして、ときどき娘たちから家事を拒否されることもあります。

ふむふむ、こんなときは、ココロの機嫌かカラダの機嫌が悪いのだとわかります。


お仕事場も家事も、ひとりよがりでは保ち続けることはできないと、若い自分の体験とぼくが家族を持ってからの追体験で再認識している最中だとさ。

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