身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

勉強と学習と

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


今日も東京都杉並区は、とても暑かったようです。

まるで他人事なのは、朝からエアコンの効いた部屋で一日中過ごしているからです。



今日は鍼灸のお仕事はお休みの日なのですが、やはりこの暑さの影響からか、急なお仕事のご依頼をいただきました。

そんなわけで、朝からお仕事場にエアコンをいれたら、一日中そこから出られなくなりました。



午後からは施術のお部屋以外は、熱がこもっていてとても過ごせない状態。

エアコンをいれても焼け石に水ですね。

 


ぼくには数年前まで、こんな暑い日でも、毎月決まった日時にきまった場所に集合して、鍼灸のお勉強会に参加する機会がありました。

10年鍼の師匠について、毎月鍼灸の勉強をしにおでかけ。

それ以降は、ぼくが一時期勉強会を主宰させていただき、やはり鍼のお勉強会を催させていただきました。

 


勉強というのは、むずかしいなぁとそのころから思いました。

勉強とは「勉めて(つとめて)強いる(しいる)」と書くように、学びに「圧力」をかけていきます。

ひとつの物事を深く掘り下げたり、いろいろいじくって新しい発見や深い理解を得るように、お互いで努力し合います。

この「お互い」がむずかしい。



鍼灸のお勉強会では、臨床や学問の理解に差があります。

これをうめるように、先輩が後輩に個別で指導する、なんてことが必要になります。

こうした臨床経験や学習能力の差は、じきに埋まっていきます。



ただ、「勉強=勉め強いる圧力」に関しては、それぞれ温度差がうまれます。



この「温度差」は、なかなか埋めるのが大変。

それぞれの人が高いモチベーションを維持するには、つねに興味のあることを提供し続けないと「高い温度」は維持できないですね。


結局、鍼の師匠のところにお邪魔していた「勉強会」は「講習会」という一方通行の学習の機会となっていました。


学びの取り組みを学習にかえると「圧力」は不要になります。

ただ必要なことを効率よく伝えればよい、というわけですね。



鍼灸の学びの場合、初期は学習する必要があるのですが、ある時期が過ぎると、やはり「勉強」に切り替える必要があるんじゃないかと、今でも思っています。



ぼくの出した結論。
「学習はみんなでやる、勉強は一人でやる」

 


じつはぼくの2人娘の長女が来年高校受験を控えています。

「勉強」となるとスパルタになってしまうので、ぼくの意識はつねに「学習」のお手伝い。


この「勉強」と「学習」の違いを意識できるかどうかで、親子の学びの場での「空気」は違います。


ただただ効率よく必要なことの理解のお手伝い。

相手任せに学びの進み具合を確認しながら、無理に詰め込みや押しつけをすることなく、クールに修正していきます。



数年前に催していた鍼灸の勉強会の大変さから、ぼくなりに教訓を得て、今の家族との平和な学習の時間をつくりだせています。

取り組みへの「とらえ方」をちゃんと理解することができると、お互いが楽ちん。


おやつにいただく自家製寒天ゼリーが、今日も美味しいです。

www.mag2.com