身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

『水清ければ大魚なし』は、鍼灸の論理も一緒

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


今週金曜日は夏越しのお祓い。
今年上半期の厄払いにご近所の神社までご近所さんと足を運び、夏越しのお祓いの神事をお参りしてこようと思っています。

せっかくのお払いだから、余計なものを持ちかえらないように、気晴らしのつもりで呑気に過ごせればと思います。



ここのところ、鍼灸の古い書物を読む機会があります。
「諸病源候論」という諸々の病の原因や成り立ちについて論じられた書物です。

ぼくの持っているものは解釈本なので、訳された方の考えなども反映されています。

さて、この書物、読み方を工夫するとなかなか面白いです。

テキストというよりは、問題集やドリルと言ったところ。



「こんな病があるけど、どうやって治療する?症状はこんなことがありま~す」なんて、同じ原因の病気でも症状が異なってでることがあります。

以前取り組んでいた「脈状診」という脈を中心に患者さんの状態を見立てるやり方をしていたのですが、全ての病をいくつかのグループに分けて鍼の施術を組み立てます。

ところが諸病源候論、このグループ分けだけでは分類が足りない。

笑っちゃいますが、当時ぼくが習い覚えたやり方では手に余る。



「脈状診」は昭和に入ってから研究された患者さんの脈を中心に状態を見立て施術方針を綺麗な論理で組み立てることのできるやり方です。

当時、ぼくはこの論理をすべてきちんと解釈できるように、ほかの鍼灸漢方薬、現代の中医学書物などを読み漁っていました。


綺麗に論理が出来上がっているはずの「脈状診」。

臨床は論理を超えたところにもたくさんあったわけですね。



鍼について詳しく書かれたもっとも古い古典に「黄帝内経 霊枢(れいすう)」という書物があります。

歴史とともに書き加えや描き直しもあったようですが、最近手に入る「霊枢」の最初には鍼施術のエッセンスが凝縮されています。


そして、鍼の施術の論理はいたってシンプル。


「滞ったらめぐらせて、足りなかったら補いなさい」という道理で説明してあります。


やり方は自由でいいから、状態をちゃんと見て丁寧に結果を出しなさいねぇ、という先人のアドバイスが聞こえてきそうです。


一度綺麗にきちんと組み立てたぼくの「脈状診」は、書物や臨床での経験から、あらためてシンプルなものになっています。

潔い理論では説明できないかもしれないけど、お茶を濁すような説明になるかもしれないけど、霊枢にならってまずは人のカラダの道理にしたがいます。

なんでもきちんとやることは大事だけど、どこかに「スキ」や「あそび」があることで知恵や技術を闊達に使いこなせるかっこよさがあるんじゃないかな。

理論で縛られたガチガチの技術を10年やってきたから、自分を解き放ついいわけとしてこんな遊び心が必要と言い聞かせます。

そんなゆとりのある鍼の施術、取り組み直してからの方がぼく自身楽しくもあり、臨床でもよい結果が導き出されています。

だれも反論できないような可愛げのない理論よりも、ちょっと抜けているくらいがひとが集まってくれる余地が生まれるのかもしれませんね。

清流に大魚なし、だそうで。

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