身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

菜根譚「視界がいつもひらけているヒト」

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


ながらく鍼灸のお仕事をしています。

時期によってお仕事のスタイルをかえてきました。

この7月にももろもろ変更することに。

でも、今回の変更は、今後の安定のための変更になるかと。
要するに、しばらく変更なし。



ここにいきつくまで、いろいろ鍼灸のあり方を考えたり、自分の役割をこまめに確認させていただく機会があったり、人の求めをどのように組んでいったらよいかと模索したり、自分の腕を金額に換算しなおすこともしばしばありました。

20年ほど続けている鍼灸のお仕事は紆余曲折があり、つねに順風ではありませんでした。

技術的なことや経営的なことや、体力的なことなどなど、いろいろありました。

※ふりかってみると人間関係や信頼関係に対しては、問題を感じたことがなかったかな、と思いついてみたり。



東洋の思想にかかわる書物に「菜根譚(さいこんたん)」という処世術にとっても役立つものがあります。


その「菜根譚」には、

『しごとで行き詰った時や大きな失敗をして、どうにもならなくなったら、初心に立ち返ってみてちょうだい。

そのしごとを始めた時のことをよくよく思いだしてみよう。ココロのあり方をちゃんと思いだしてみよう。

そうすると、これまでのやり方が間違っていた原因が、よくよくわかるよ。

そうしたら、すぐに引き返して「志(こころざし)」にしたがった別の道(本来あるべき道)をすすんでいけばいいんだからさ』

というようなことが書かれています(かなりぼくの意訳です)。



そう、やっていることが息詰まったり、疑問に思ったら、「そもそも、自分、なんでこれやっているんだっけ?」と振り返る。

これ、とっても大事なことで、人や言葉に影響されやすい若い時分は、この言葉を頻繁に思いだして、「そもそも、どーだったっけ、自分?!」と初心を確認。


20年という時間、それなりに経験や自分の役割を確立したつもりでいても、やっぱりやっぱりぶれてしまうことがしばしばあります。

ぶれるとき、人と意見が合わなくなったり、仕事に疑問を持ったり、「あれっ!?」という兆しを感じます。きっとだれでも感じるはず。


その「あれっ!?」という兆しは、「初心」からずれているんじゃないですか?の大事なサイン。


ぼくのしごとは楽しむものではありませんが、やりがいを感じられないとき、「初心」をふりかえります。

こうして積み上げてきた「初心=志」は、経験と思いを積み重ねて、時を経るごとに盤石になるのでしょうね。



そして、「菜根譚」では、こうも続きます。

『しごとがうまくいって、功名を成し遂げやりきったなぁと思ったら、そっから先を見極める必要がありますよ。満つれば欠けるは世の習い。時期をみて引き際ってこともかんがえようね』と。

しごとをやりきったなぁ、というところに成長がなくなる。成長するテーマがなくなる。

ぼくのような仕事は、仕事をやめるわけにはいかないので、つねに眼の前の患者さんに対して「初心」で向き合う姿勢を崩すわけにはいきません。施術ではいつも初診の患者さんとしてお付き合い。

それでも、仕事をやりっ切った、と感じるようなことがあれば、誰かにバトンタッチしたり、自分の持っているものを伝えることをはじめたらよいのかな。そのためには、眼の前の仕事をいっそう頑張らないといけなくなるし。


やりきったという息詰まりを感じるまで、まだまだ随分時間がかかりそうです。

それでも、日々の「ありゃま」「やっちまった」「あぁぁぁ~・・・。」と感じる失敗や後悔の念は、いっぱいいっぱい出てきそうです。

大きな失敗や後悔は困りますが、こうした「振り返りの兆し」って、ひととしてもっと素敵になれる「伸びしろ」かなって思います。

人と過ごして、人の役に立つことがぼくの「鍼灸師さんとしての志」。

さてさて、今日の振り返りをしようかな、と思ったら、今宵の晩餐は昨日とれたての「イサキの塩焼き」と「イサキアレンジ・いろいろ」。

むむむっ、こりゃ、振り返りは明日になりそう、かな。

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