身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

浄水器交換から、百聞は一見にしかず

こんにちは。占いと鍼灸の仙亀です。


ぼくは美味しい食材を宅配してくれる業者さんにお願いして、毎週美味しいお野菜や調味料を運んでもらっています。

季節のもの、旬のもの、自分では選ばないようなものが入っているのは、自分の周りの世界の様子を知るにはよいきっかけです。

目や鼻で食材を感じて、手で触れて確認する。とっても大事な「ココロとカラダが喜ぶ」仕事です。

ほんとうは、現地まで足を運んで自分で収穫して持ち帰るくらいできればよいのですが、それは理想の仕事にしています。


そんなこだわり食材や調味料を運んでくれる宅配業者さんとはずいぶん長いお付き合いなのですが、12年前に今の借家に引っ越す際、手ごろな浄水器を紹介されたので、リースさせていただくことになりました。
2年に一回フィルターの交換、6年に一回本体の交換。

そして、今年が12年目なので2回目の本体交換をお願いしました。
なんでも進歩していて軽くなったり使い勝手がよくなっているのだとか。

もともと使い勝手良く、手入れも楽なので何も不満もなかったのですが、さらに良くなったとはありがたい。

そんな浄水器交換作業の折、業者さんとここ数年の浄水器事情の話になりました。



話は東日本大震災

地震のあった当日は、ぼくの住んでいる杉並区もとても揺れていたし、日中だったのでとても印象に残っています。

夜は帰宅困難になった友人を自転車で交通マヒしている車を尻目に、新宿駅まで迎えに行ったことをよく覚えています。

地震と洪水の被害の後の原子力発電所の問題が世間を、世界をにぎわせた時、浄水器業者さんのところもいろいろ混乱があったようです。

水道水の不安から浄水機能に対するものすごい高いレベルのクオリティを求められる方や、そもそも水道水を使わないように水を購入される方が急増されたのだとか。

たしかにぼくの住んでいるご近所にはたくさんの飲料の自動販売機があるのですが、当時は水だけはつねに売り切れでした。

それからほどなく、水の宅配や近所のスーパーでも水を売るところが急増しました。
ぼくの友人でも定期的に水を運んでくれる業者さんにお願いするひとがいました。

そのとき、ぼく自身、自分の家族を守るために何を優先順位にしたらよいか、考える時間がありました。
結論は「今選ぶことが将来いつまで続けられるか」を基準にしよう、ということに。


不安な要素は報道などでたくさん耳に入ります。
ただ、それをいちいち真に受けていると、肝腎な毎日の生活が地に足のつかないものになってしまいます。

出来る安全に対する措置は出来る範囲でやればよいけど、将来ずっと続けていけるものでないなら、そもそも「今」を失ってしまうからやめようという決断に。


7年前震災後の当時は、鍼灸の施術を受けに来られる方もパニック症状やうつ症状を患う方がとても増えました。

不安、恐怖の感情は意志の力をとても弱らせます。ココロとカラダの「足場」や「基盤」をぐらつかせるのですね。

連日続くテレビの震災や放射能事故のニュースや報道、SNS、インターネットでのたくさんの情報は、わが家ではしばらくシャットアウト。
それでも本当に大事な情報は、どこからともなく耳に入ります。それも、繰り返し繰り返し。



自分の世界は自分の五感で感じられる範囲のことでしかない。

自分で認識しているもので世界はできていると考えれば、ちょっと遠くを見渡して、ちょっと耳を澄ませて、眼をつぶって周りの匂いを嗅いで、自分のカラダに触れて、不安なことや痛いところがなければ、世界は安全で安心して過ごしていいんじゃないかと。

大事なこと、必要なことは必ず繰り返し、自分のところに届くから、それまでは、ひとまず安心して過ごそう。

ぼくには二人の娘がいるのですが、当時、幼い娘たちには毎日そんなことをいって聞かせながら、家では穏やかに暮らすことを心がけていました。

もちろん、鍼灸施術を受けに来られるココロに不安と怖れを抱えておられる方とも、そんな話をできるだけ一緒に過ごせるように時間をとっていました。


7年たって二人の娘たちには、自分で認識したもので自分の世界はできているのだから、自分の世界をもっと広げたかったらたくさんの経験をしてごらん、と言えるようになりました。
それだけ世間が7年前の不安や恐怖から遠ざかったのかなと。
※国外の情勢はとても不安なことや恐ろしいことが報道されていますが。

浄水器業者さんも、震災後、2~3年してからお客さんがふたたびもどってきているそうです。
戻ってくれたお客さんの声を聞いてみれば、水を買うことも、高性能だけど不便な実用性の無い高価な浄水器は、続けていけないとのこと。


世間では放射能の問題は耳から遠ざかっていますが、実際のところはどうなのかわかりません。

パニックになるほど「大きな声」が当時はたくさんの情報があふれていましたが、「声」が小さくなったのであれば、それはそれで「聴き耳」を立てておくくらいの用心は常にしておいたらよいのかと。
「大事な話」は「内緒話」で世間を行き来するものです。

30年前、40年前にも、光化学スモッグ酸性雨、ちょっと前にはオゾンホールで太陽光線の害なども、話題になり問題になりました。

ニュースになっていたときは、過剰なくらい気にしていた雨や日差しでしたが、ここ数年、そうした配慮はどうなったのだろうか。

ぼくの中では「出来ることを出来る範囲で」というスタンスでこうしたことに対する配慮を続けています。

なぜなら、気になるから、ですね。

日差しも雨も肌にストレスになると実感するからです。
(日傘やサングラスをして外出すると、カラダの疲れ方が全く違うので、この実感を大事にしていきたい。)


鍼灸師であったり、占い師であったりすると、相談を受ける時、なにか基準を持っていないとお伝えすることがぶれちゃうと常々気をつけています。

ぼくの中での基準は、「百聞は一見にしかず」です。

周りの噂や人のいうことよりも、自分自身でどう感じて思っていまうすか、ということ。

さきの故事にはつづきがあるそうで、
百見は一考にしかず、百考は一行にしかず、百行は一果にしかず、だそうです。
(ここまでが故事かどうかは定かではありませんが)

まぁ、見聞きするよりもやってみて結果どうだったか試してみるくらいの度胸があったらいいのかな。

用心深いというよりは、このあたり、好奇心でいろいろ探っていけるくらいのココロののびやかさをいつまでも持ち続けたいな。