身近に役立つ東洋医学の発想術

東洋医学と易のユニークな発想で今日の一日をもうちょっとhappyに。

台風一過でお灸習慣

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


強い勢力台風5号

ぼくの住む東京都杉並区では、この時期、阿佐ヶ谷の商店街で七夕まつりがもよおされています。



長年阿佐ヶ谷に住まわれる方にうかがうと「毎年、七夕祭りの時はお天気が悪いのよぉ!」とのこと。

なるほど、今年も台風到来。



お祭りや交通機関には、様々な影響が出るでしょう。

そして、ひとのカラダも同様に。



今日は午後からお天気が崩れて、夜には強い風と大雨になる予報が出ていたそうです。

今朝からニュースなどをみる時間がないくらい、鍼の施術のご依頼をいただきました。

聞く人聞く人、お天気の最新情報を詳しくお話し下さいます。



一日室内で過ごすことを決め込んでいたので、お天気の状況はお越しになられる皆さんの帰りの足に問題がなければいいなぁくらいの関心しかありませんでした。



今日一日を通して、体調の不都合を訴える方々が多い中、意外とバランスが整ってきているなぁと感じます。

じつは今日お越しになられる方々は、先週から体調不良をうったえて鍼の施術をこまめにうけられていました。

台風の影響でカラダは過敏に反応するので、

・頭痛

・吐き気やめまい

・胃のむかつき、食欲不振

・けだるさ、下肢のだるさ

・腰痛、膝痛、関節痛

などを訴える方が多かったのですが、日頃手入れをされている方々は、比較的すぐに症状は軽快していきましたね。



長らく居座っていた台風5号ですが、ひとのカラダも負けてばかりいるわけではありません。

ある程度の日数を経ることで、ちゃんと順応していくわけですね。



やっかいなのは、台風一過。

8月の台風の過ぎた後は、とても気温が高くなります。

そのため、低気圧、悪天候、強い湿度の影響に慣れたカラダは、高気圧、猛暑、強い日差しに、あらためてコンディションを設定し直さないといけません。



さてさて、お天気が良くなり快晴となっても、洗濯もののようにカラッと晴れやかな体調をすぐには取り戻せないカラダ。

ひきつづき、鍼の施術で体調管理のお役に立てばと思います。



暦も秋を迎えると、ぼちぼちお灸の習慣を再開したら良いのかと、ご縁のある方々にアドバイスをはじめます。

メルマガの内容も、そんなお灸ネタが増えそうです。



今日、カウンターにポンッと何げなく置いておいたマンガ「きょうの灸せんせい」、目ざとく見つけてくれた高校生の患者さんにお貸しすることになりました。

きょうの灸せんせい 1 (A.L.C.DX)

きょうの灸せんせい 1 (A.L.C.DX)

 

 
若い方にもお灸の良さが広まってくれたら幸いです。

灸は日本の伝統文化などではなく、現代に息づく生活習慣。

お灸の種類や機能も現代風にアレンジされています。


今は暑くても、3月もすれば涼しい秋の風が吹き始めます。

カラダも毎日のお天気に順応させて過ごすばかりでなく、先々の季節の移ろいも視野に入れて、お灸習慣を楽しみます。

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色々なことが重なる日、今年の8月6日

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


今日は今年二度目の夏の土用の丑の日

今日も前回同様、ウナギとのご縁はありませんでした。

いただき物がそのまま今宵の夕食となり、台風と湿気の影響から、やはりうなぎは今日もかなわないなと、体調からの判断もあり。

絶滅危惧種のうなぎの無事を今年は祈ることで、土用の丑の日を過ごさせていただくことになりました。


また、今日は広島に原爆が投下された日。

こちらのほうが、毎年ココロを揺さぶられる人なっています。

子どものころから、すでに他界した祖父母から言われている「戦争はしちゃだめだよ」の言葉を、毎年ニュースなどで放映される広島の様子などと重ね合わせて、ココロに刻み込む日となっています。



暦では明日から秋。

立秋を迎えれば、残暑の厳しさを一層感じる日となります。

先週からの台風5号のカラダへの影響は、日々鍼灸師であるぼくの手には実感するところがあります。



今年の8月6日は、いつになくぼくにとって「色々なことが重なった日」となっています。

いろいろな記念する日が重なることで、ぼくの身の回りではたくさんのことがおこっているのだなぁと、感じ入っていました。



ちょっと気持ちのざわつく本日、ココロが落ち着きを取り戻せるように、自分ひとりの時間を大切に持っておきたいなぁと思います。

間もなく終戦の日とお盆。

気持ちを深く落ちつけて、粛々と今年の残暑を迎えます。

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鍼は痛いですよ、痛み様々な件

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


外出して知らないひとを含めての集まりに参加すると、いつも同じ目にあいます。

ぼくの仕事をカミングアウトすると、

「鍼って痛いんでしょ!?」

「お灸って熱いんでしょ!?」



そんな時は決まって、

「鍼は痛いし、お灸は熱いですよ」とお伝えします。


ポイントになるのは、痛さや熱さについて。


鍼の「痛い」は、チクチク痛いことももちろんありますが、ズーンッと響くような勘どころをおさえられるような「そこそこ!」という満足感のある痛みだったり、眠くなるような痛みだったりと、心地よさを伴う痛みであることが多いです。

不快な痛みがあることもありますが、おおよそ心地よい痛み。


お灸の「熱い」も同様ですね。

不快な暑さを感じることもあるでしょうが、おおむね心地よい熱さです。

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ご縁のある人には、痛い、熱い、という言葉にネガティブな意味を持っておられる方もいらっしゃいます。

鍼やお灸の誤解を解くように、ぼくは決まって「痛み」や「熱さ」にも心地よさや、カラダやココロのバランスを整える効果効能があることをお話します。

きょうの灸せんせい 1 (A.L.C.DX)

きょうの灸せんせい 1 (A.L.C.DX)

 

 
興味のある人は、施術の体験にいらっしゃることもあります。


とかく「痛い」「熱い」はネガティブな印象がありますが、言葉と実際の感覚をむすびつけるとき、意外と奥深さや幅の広さがあるものです。

固定した言葉や用語の観念を持っていると、「不安感」や「見知らぬ恐怖感」から自分の行動に制限をかけてしまいそう。



わが身を振り返って、「それ、どういうこと?!」と言葉の深い仮説を興味を持って聞き入ることのできる好奇心を持ち続けていきたいなぁと思います。


今日のベッドサイドで、「鍼の痛いって、周りの人にどうやって説明したらいいのかしら?」というご質問から、そんなぼくの考えを踏まえてのおしゃべりをしたのだったとさ。

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きょうの灸先生、一度じっくり話してみたい

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


今日はお届けモノが届く日なので、家で待機していたのですが、のっぴきならない用事が出来て外出。

案の定、不在届けなるものがポストに入っていました。



再配達のお願いをしようかと思った矢先、ドアチャイムが鳴りお届けモノが届きました。

「???」

意としていたモノとは異なるものが到着。


封筒を開けて見ると、一冊の漫画が入っていました。


以前、鍼灸の施術を受けに来られていた方から、登場人物が「先生みたいだから」ということで、わざわざ送ってくださったようです。


「今日の灸先生」

きょうの灸せんせい 1 (A.L.C.DX)

きょうの灸せんせい 1 (A.L.C.DX)

 

 


興味深いタイトルと、好みの絵柄についついページをめくります。


ストーリーはかわいらしい女性の恋を絡めた「お灸」をテーマにしたものでした。

登場人物のお灸の先生、なるほど、ぼくと風貌やしゃべり方、振る舞いや考え方がよく似ています。


マンガを監修されている方は開業されている鍼灸師さんのようです。


ストーリーがこれまたぼくの日常を映し出しているように、施術ばかりでなくひとの相談に乗ったりされる情景が描かれています。


こんな素敵な鍼灸師さんが、漫画の登場人物ばかりでなく、きっと日本にはたくさんいらっしゃるんじゃないかなぁ、とひそかに嬉しく思います。



東洋医学は学問があります。

同じ学問を学んでいれば、それ相応の考えを持つことができます。

ただ、幅広く奥行きのある学問ゆえ、鍼灸師さん同士でも意外と重なり合う部分が少ないこともあります。

マンガに登場するお灸の先生、ぼくにとっては数少ない共通の話題で盛り上がれそうな存在です。

ちょっと気にして、マンガの続きを追いかけてみようかと思う本日。

ひとりゆるりとコーヒーカップをかたむけながら、再度マンガのページをめくります。

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ちょっとしっかりめの腹式呼吸

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


明日配信のメルマガの入稿に少々手間取っていた今宵、無事にひと仕事済ませることができると、抱えていた肩の荷がふっと下りるのがわかります。


カラダの感覚をいつも気にしながら、チョコチョコ立ちどまって過ごしています。

あれっ!?という違和感があると、なんとかこの場でカラダをリセットできないかと、いろいろ試みることがあります。


そもそもカラダの中心線が定まらないと、基準がわかりません。

そもそも重心が定まらないと、より処が見つかりません。


そんなわけで、背すじとお腹の力は、ぼくのとって大切なカラダの感覚をとりもどすための確認ポイントになります。



夏の暑さで疲れてくると、下腹やわき腹が固くなり、やつれていくのがわかります。

体力が落ちているなぁと感じる分、せめて日常生活にさし障りのない程度のカラダの回復をうながす鍛錬ができたらと思います。



あまり運動習慣のないぼくですが、以前、日本の伝統音楽である雅楽の横笛を吹いていました。

平安時代の装束を模した舞台装束をつけて、演奏をしていたこともあります。


袴をはいて帯を締めれば、下腹が据わって力強い良い息がとおります。


昔の人の着物は、日本人のカラダに適ったしくみがあったのだなぁと感じ入ったことがありました。


それからというもの、日常生活では作務衣を着てひもでウェストを縛って過ごしていました。


結婚してからは、パートナーのたっての希望で、セム得生活はやめてしまいましたが、今でもウェストをひもで縛れるようなズボンがあると、好んではいています。


へそ下をキュッとひもで縛って、ひもに息を当てるように腹式呼吸ができると、カラダの力が定まり重心が下がります。

肩の力がぬけて背筋が伸びれば、居心地の良いカラダをとりもどせます。


この夏、そんなひもでしばる都合のよいズボンを再びみつけてしまいました。

そんなわけで、この残暑の疲れやすいカラダは、ひもで縛って腹式呼吸

ちょっと丈夫なカラダ作りを、日々の息づかいで目指します。

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意図せず瞑目、瞑想の時間、そしてぼくは「ぬいぐるみ」

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。

 

ご近所では最近の雨風による悪天候にもめげず、サルスベリが綺麗な花を咲かせ続けています。

サルスベリは「百日紅」と書くように、百日くらい長らくピンクや赤いあでやかな花を咲かせます。

「紅」とはいいますが、白い百日紅もきれいです。

雨風や雹、台風の被害など、農作物の出来に不安を感じさせる報道が目につきますが、元気に花を咲かせ続ける百日紅の木をみていると、安定した植物の力強さにあこがれをもちます。



ぼくの鍼施術の仕事は予約制です。

そのため、施術を求めてお越しになられる方々は、ほぼほぼ時間通りにぼくのもとへ訪れてくれます。


ひとを待たせることをしたくないので、施術のご予約はゆとりをもっておとりしています。

その分、次の方がお越しになられるまで、おしゃべりやご相談ごとをいただくこともしばしばです。


でも、いつもは次の方がお越しになられるまで、ひとりでお待ちしています。


5分、10分、15分、この程度の待ち時間、じつは目をつぶってひとり思いにふける時間としては、もっとも効果的に感じます。


次の施術へのココロとカラダの構えをつくるためにも、一度自分の状態を瞑目しながらニュートラルな状態へといざないます。



立っていても座っていてもよいのですが、肩の力が抜けてストンっと下腹に重心が収まるのを確認します。



ひとと関わる時、ついつい肩や背中に力が入ってしまいます。

仕事、という立場から、多少気づかいによるココロとカラダの力みが生じているのでしょうね。

そんな気遣いの力みは、しょうがない、と観念しています。

瞑目してコンディションをリセットすることができないほど忙しい時は、仕事が終わってから疲労を感じます。


仕事は遊びとは異なり、ある程度の構えを必要とします。

構えているということは、ココロやカラダのどこかに「構えを維持しよう」というテンションがかかっています。

構えの力みをこまめに抜くことで、ココロとカラダのバネはいつまでも疲れることなく、丈夫な状態を維持できます。



ときに施術と施術の間がしっかりあくことがあります。

こんなときは、しっかり瞑想。

目をつぶることで、視線は自分の胸の内へとむかいます。

ひとりたたずむ瞑想の時間、「最近どうだい?」と自分と向き合い対話の時間をたのしみます。



子どもの頃、ぼくの家にはぬいぐるみがたくさんありました。

父の仕事の関係で、サンリオのキャラクターが部屋のあちこちにならんでいました。

そんなぬいぐるみを使って、ごっこ遊びや物語をつくって自作自演したり、そして、ときにはぬいぐるみと対話することもありました。



海外ではテディベアがそんな「仲の良い相談相手」として、子どもにあてがわれるというような話を聴いたことがありました。

その話を聴いた時、「あっ、それって必要」と勝手に納得していたことを思い出します。


さすがに今のぼくには、ぬいぐるみと刺し向かいになって話をする気持ちはありませんが、自分と対話する時間って、今でも必要と思います。


鍼の施術のお仕事では、ひとから相談ごとを持ちかけられたりして、ご自分との対話のお手伝いをさせていただいています。

関わる人にも、ご自分で自分自身と向き合うゆとりの時間を持っていただけたらなぁと思いつつ、それが難しい現代社会であれば、鍼灸師さんの役割として「ぬいぐるみ」も演じていてもよいのかなと、思うこの頃。

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映画「ダンサー」を観て、身体性を思う

こんにちは。易占と鍼灸の仙亀です。


映画「ダンサー(邦題:ダンサー セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣)」を観てきました。

映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』公式サイト

 

映画を観ての率直な感想は、「すごかった」、です。

英国ロイヤル・バレエ団で史上最年少男性プリンシパル(19歳)となり、2年後、人気絶頂の中の突然の退団をされたドラマチックなバレーダンサーのドキュメント映画でした。


天才ゆえの苦悩や家庭環境の問題、バレーダンサーとしての重圧など、ひとびとから注目を浴び続ける若者の激動の人生の歩みを示した、とても見ごたえのある内容でした。

 

ぼくはドキュメンタリーの映画が好きで、ときどき映画館に足を運びますが、数年前、ロシアのロストロポーヴィッチというチェリストのドキュメンタリーをみたときは、演奏のシーンなど著作権の関係からなのかほぼカットされていて、残念な思いをしました。

かれの一見大胆な演奏から奏でられる正確で繊細な演奏を、スクリーンで見てみたかった。


今回の「ダンサー」では、幼い主人公の記録映像から、世界で注目を浴びた「Take me to Church」という楽曲のミュージックビデオに登場したセルゲイ・ポルーニンの映像まで、ふんだんに彼の踊る姿がスクリーンに登場しました。

 

作品を観ていて感心し続けてしまったのは、セルゲイ・ポルーニンの身体性。



立場や様々な葛藤や苦悩は、鍛え磨き上げ続けているカラダからあふれ出てしまうほどのエネルギーが、生み出してしまっているものなのではないかなぁと思います。

東洋医学では、こうした湧き上がってくるエネルギーの源を感情にあると考えます。

イライラしたり、怒ったり、物に八つ当たりするのではなく、踊り続けることで鍛え抜かれたカラダから湧き出るようにあふれ出る感情のエネルギーを発散し続け、それでももてあましていまうエネルギーが、メディアを注目させてしまうほどの「奇行」へとつながっているのではないかなぁと。

アーティストとよばれる人たちは、とてもユニークな身体性をもっています。

ユニークなカラダのひずみが、豊かな発想や表現する発射台になっているのではないでしょうか。



映画は、ダンサー セルゲイ・ポルーニン のしゃがみこんだ姿勢での荒い息づかいから始まります。

邦題にある「世界一優雅な野獣」の圧倒的な勇姿を85分という凝縮した時間で、ぼくの感覚出来るところ全てで感じさせていただきました。


映画館を後にしても、ぼくの背筋がいつもよりもシャンと伸びていたのは、映画にあてられてしまったせいでしょうね。

日頃の自分のたたずまいも、ちょっと見直してみようかな。ダンサーみたいに。

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